明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

わだかまりがようやく消えて反抗期が今頃終わったのかと思った

 

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こんにちは、M(エム)です。人生も後半戦となり、親の介護(今のところはまだですが)や家や墓やといった諸問題についてもどうするかは考える準備をしなければならない年代に入ってきました。皆さんはどのようになさっているのでしょうか。それぞれの方針があるのだろうと想像します。

 

根深かった先祖嫌い

 

こういうことを言うのもどうかと思いますが、私は自分の先祖が大嫌いでした。憎悪ではなく、嫌悪ですね。父方のほうですが、性格・考え方・エピソード・遺伝的形質どうにも受け入れがたかったのです。私の価値基準では好ましいとか、尊敬できるとかよりも嫌だという部分の方がはるかに多かった。そして、自分の中に確実にそれが受け継がれていることがさらに根深くしていました。

 

系譜

 

祖母(故人)ーーーー父

        |-叔母1(絶縁状態)

        |-叔母2

 

祖母は戦争後に夫を結核で亡くし、女で一つで私の父と2人の娘を育てました。偉いです。頭ではわかっていますがそれとはまた別ですね。この祖母と叔母2が「キケン!猛獣注意」みたいな人で、「自分が絶対に正しい」として意見を譲らないタイプです。

 

祖母は晩年に自分の娘である叔母1と大喧嘩の末、絶縁状態となりました。実は祖母は、自分の妹が未婚で出産したため、その子供も育てていたのですが、彼が成人してからやはりほぼ絶縁となりました。

 

要するに強烈なんです性格が。 

 

残念ながら母は猛獣使いになれず、姑と小姑のおかげで遠距離にもかかわらずストレスの抜けない結婚生活を続けてきました。現在でも叔母2は健在であり、我が家に何だかんだと噛みついてきます。父は口喧嘩で勝つことはできません。田舎の家だの墓だのといった件でもめているわけです。

 

本当に嫌がってた私

 

私は体が弱いんで~、と何十年も田舎に帰ることなく墓参りもせず、おまけに家で仏壇に手を合わせることもしませんでした。そのような機会があっても、「何で手を合わせて頭下げなアカンのや」とずっと本気で思っており、心を込めたことなど一度もありません。

 

「先祖のおかげで助かったことなど一度もない、というかむしろ祟ってるんじゃないの」とずっと信じ込んでおり、病弱な体にデメリットばかりの遺伝形質をもらったことに感謝など出ませんでした。うちと叔母2のところの子が誰も結婚しておらず子供ができないことに対して内心手を打って快哉を叫ぶというこじらせようだったわけです(うちの弟はバツイチ子なし)。おっしゃーこれで子孫絶えるぜ!みたいな。

 

f:id:MT6538:20180901155749p:plain言ってることが相当おかしいのは自覚してます

 

はい、こういうこと書くからまた読者10人ぐらい減りましたかね(笑)

あとでまた画像を剝がさないとならんし・・・

 

転機

 

しかし、ようやくこの夏になって考えが変わりました。自分ももういい年だ。いつまでも反抗期の中学2年生みたいな思考回路でいてはいかんか?と。かつては父親のことも嫌っていたけれど、今では毎日談笑できるほどに関係を改善することができて本当に楽になった。まして、もう死んでしまっている先祖に悪感情をいだいて苦しむのはやめた方がよくないか?叔母2もこの先会うことなく先に亡くなる可能性が高いから自分にはもう関係ない。

 

「自分の性格を直す」という発想にすら至らず一生を終えるという、考えてみれば大変可哀想な人たちです。それを思えば自分の方がはるかに恵まれていますよね。まだ時間的には悪あがきでも粘れる余裕が多少残されているでしょう。そして、何かの拍子にこうやって嫌いな人を許す心境になることもあるという経験ができますしね。

 

そんな感じで、もうなるべくごちゃごちゃ考えるのはやめて先祖を供養する気持ちで仏壇に手を合わせるようになり、ようやく長い長い反抗期が終了したのかなと感じました。母親はそれを見て、「仏壇にはY(私の妹)も入ってるからね」と言いました。

 

死者は思い出してほしいのか

 

妹が亡くなってから10年になり、実のところ私は彼女にほとんど思いを馳せることなく過ごしてきました。過去を掘り返してみてもいいことはないというのが私の考えですし、まして辛いことは忘れていくのがベスト。特に体の弱い私は、ネガティブな感情から大きなダメージを受けるタイプです。

 

しかし、最近ちょっと困るというか、8月の講習だけ受講しているある生徒に授業をしているとなぜか妹の若い頃を思い出してしまうのです。別にそれほど似ていないのに、ちょっと錯覚してしまっています。生きてれば40過ぎなんですがね。

 

妹は若い頃は学生時代を謳歌しており、お嬢様大学に通い(庶民なのに)、ショッピングモールのインフォメーションセンターでバイトするなど、器用に生きて幸せをつかむタイプだと思っていました。それが就職後みるみる病むのですが、元気だった頃の姿が頭に浮かびます。私とは喧嘩もよくしましたが、かなり遠慮なくしゃべることができる間柄でした。病んでからは話しかけることも少なくなり、思い出はあまりありません。ぐったりしている姿や、自室で母に当たり散らしている声しか覚えていないぐらいです。

 

だから何だという話ではあります。それで辛くてしょうがないとか、その生徒を贔屓にしたりするとか、一切ないことです。しかし、あまりにも兄の私が思い出しもしないから、「冷たいんじゃないのかオイ」みたいに死者がメッセージを送ってきたりすることがあるのかなと一瞬思ったりしました。

 

成仏のシステムとか知らないし、妹の魂が今どこで何してるのとかもわからないので、できることはただ仏壇に手を合わせるだけです。その行為も役に立ってるとは別に思わないんですが、自分の気持ちの納得ですね。霊が寄ってきやすい体質じゃないかと思っており、妹の霊であってもなるべく勘弁してほしいのが本心。その生徒、8月の講習だけで終了してくれると気分的に楽なのでありがたいんですが、継続となると3月ぐらいまで担当なのか。できるだけ考えないようにします。

 

いかがだったでしょうか。なかなか因果な家系から生まれた因果な性格の持ち主なので、このブログも、ねえ(笑)。いい人風を装ってもやっぱり無理が生じます。引き続き見に来ていただいているのは、

  • 毒に耐性のある人
  • 毒に触れたことがなくてあんまり感知しない人

のどちらかなのかなあと。いずれにせよ、このようなブログに来ていただき心から感謝しております。ここまで読んでいただきありがとうございました。