明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

考えてもわからない

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こんにちは、M(エム)です。皆さんは、これまでに「考えてはみたけれど結局わからなかった、結論は出なかった」ことはあるでしょうか。私はいくつかあります。そして、結局この年齢になってもよくわかっていません。そしてわからなくても気にならなくなりました。わからないものはわからないままで放置しても特に問題ないのです。

 

 

 

生きている意味

 

質問サイトでたまに見かけるのが、「最近、生きている意味がわからなくなりました」。以前はわかってたと?とかいうのはおいといて。結局これって壁にぶち当たったり、つまらなくて不満がたまったりすると出る思考なんでしょうね。うまくいっていて楽しかったりやりがいがあったりするとこんなこと1秒たりとも考えもしません。そしてその後は人によって経過が違い、

 

  • 「悩んでも仕方ないな。どっか遊びに行ってうまいもんでも食うか!」

→ 回復早い

  • 「人生とはいったい何だろう?私に生きる価値などあるのだろうか・・・」

→ 引きずって回復遅れる

 

というふうに分かれるのではないかと感じています。「悩む」というのは動物の中で人間だけですが、そのことによって不調になりやすいです。動物的本能的に生きている人の方が元気ハツラツのように見えて仕方ないのですが、もちろん考えたり悩んだりすることで人間の進歩があるわけです。結局、やはり中庸がいいのだと思いますがコントロールするのはなかなか難しいです。

 

「あなたの生きる意味はこれでした!おめでとう正解!」なんてどこかで答えが発表されるわけではないので、各自で適当に決めればよかろうというのが私の意見です。ヒットソングの歌詞のように本気で「君に会うために生まれた」などとのたまう状態に至っても、それから10年たったら「まさに若気の至りだったな(遠い目)」になる場合もあるでしょう。別にそれでも全然かまわないと思います。ちなみに私は今では、生きるというのは「自由度の高いRPG」だと考えております。

 

何でこれやらないといけないの

 

学生時代によく文句を言いながら考えたものです。今でも疑問に思う人が多いのか、ネットでもよく見ます。

 

英語 → 文法とか英文解釈とか必要?しゃべれたらいいし、それも機械がそのうちやってくれる。難しくて込みいった話は通訳とかバイリンガルに頼めばいい。海外旅行なら中学英語ぐらいで行ける。

 

数学 → 周りの大人が使ってるの見たことない。自分も将来使う気がしない。機械作ったりする理系の人たちだけやったらどうか。授業の時間数多すぎ。

 

現代文 → 新聞が読めるぐらいで実用上は十分なのに何でそこまで難しい文を読ませるのか。出題された文章の作者が問題を解いてみたら間違えるって話も聞く。

 

古文・漢文 → 将来全く使いそうにないし、現代語訳があるならそれ読めばいい。使うこともない大昔の文法を覚える意味が全くわからない。

 

理科・社会 → それぞれ、文系・理系にはいらない。無理にそんな知識を習得する必要がない。

 

音楽・美術・体育 → 趣味で各自やるか、部活に入ってやったらいいのに授業の必修にする意味がわからない。

 

それぞれに細かくしっかり反論するのは大変そうです。「何でもっと役に立ちそうなことを教えないのか」という疑問に対して、小泉信三という人は「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」と言ったそうです。「それはいったいどうしてですか」とさらに聞きたくなるような、なおさら疑問が深まるような言葉です。

 

これらの件に関しては明快な答えはないものと諦めており、ずっと前にそういう風に決まってそれがさしたる変更なしに延々と続いてきたということじゃないかと。「教養というのはそういうもんだ」と言われてもぼんやりとした同意しかできません。何にせよ学生の時は文句ばっかり言ってたことを思い出しました。

 

動物の格差

 

たまたまちょっとテレビをつけると、外国で猿の肉が市場で売られている映像が映りまして、リポーターがショックを受けて引いていました。以前は疑問に思っていたのですが、食べても何ともない動物と食べることに抵抗・反発のある動物がいますよね。日本のクジラ漁が外国人に批判されたりします。

 

  • 絶滅危惧種・数が減っている動物はダメ
  • 知能の高い動物はダメ
  • 可愛い動物はダメ
  • 自分たちの文化が食べない動物はダメ
  • 牛豚鶏は(宗教上の理由や菜食主義以外は)誰も反対しないのでOK

 

という基準で判断しているのかなと思いますが、命として扱いに差をつけるのもちょっともやっとしますが、これももう考えるのをやめました。自分が仮に一生懸命考えたところで状況は何も変わらないですし、実際に肉はときどき食べますしね。

 

個人的には犬や猫は食べられる気がしません。そもそもおいしいという話も聞いたことありませんが・・・。猿はテレビでどこかの国の部族が丸焼きにして食べているシーンを何回か見たことありますが、形がリアルでこれもやっぱり遠慮したいです。

 

また、食用の動物でも、もし自分が飼ってたらそれを食べるというのは無理ですね。全然知りもしない動物の肉がカットされた状態で売られていたり、飲食店で調理されて出てきたりするから平気で食べることができます。自分の基準は完全に主観的です。

 

自分の命、他人の命

 

以前「なぜ人を殺してはいけないのか」という書籍が発売されたことがありました。また、自分の命なのになぜ自殺してはいけないのか、という疑問もよくあるようですね。もうこのあたりになると本当に「もういいやさすがに興味ないです」となりまして、本を手に取ったり考えたりすることをしませんでした。そうであるなら上に挙げた他の疑問についても別に無理に考えてみなくてもよかったんじゃないだろうか、と自分で自分の中途半端さに呆れたことがあります。

 

おわりに

 

いかがだったでしょうか。年のせいもあるのですかね、もうあまり難しいことに頭を使いたくないという思いもあるのです(笑)。昔は自分に関係のないことでも時間をかけてごちゃごちゃと悩んだりしたんですが、今となってみると、どうせわかりそうもないことはそこそこのところで見切りをつけて、そういうものだからと現実を受け入れる方向に転換しておくのがよかったかなと思っています。考えるのが得意な人に任せればそのうち答えを出してくれるさ!って。ここまで読んでいただきありがとうございました。