明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

引っ越し記事・人の幸せに水を差す

※またアドセンスおちました。多分この記事。すぐ結果来たので。もう「担当者の気に障ったら落としてる」としか思えなくなりました。

 

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こんにちは、M(エム)です。皆さんには幸せな思い出がたくさんあるでしょうか?あるいは、今まさに幸せであるという方もおられると思います。私の場合は残念ながら幸せの絶頂とかいう記憶がありませんので、「昔はよかったなあ」と回顧するようなこともなく、むしろ積極的に忘却することに努めておりますが。

 

それはともかく、最近おめでたいはずの話(有名な方の結婚とか交際とか)に対してさまざまな意見が一般の人から言われているとニュースで知りました。祝福のコメントだけあれば何の問題もないはずですが。慶事そのものよりも、そのニュース発表後の人々の反応に興味をひかれたので記事にしてみました。

 

 

面と向かっては言わないが

 

交際とか結婚(事実婚か)の発表・報告をした方たちに、面と向かっては決して言わないはずのことを一般の人がSNSのコメントで書き込んだり、他の有名人が番組とかでしゃべったりするわけですよね。「そんな相手やめておけばいい」「どうせ別れる」といった類のことだろうと思うのですが。

 

もちろん言論の自由がありますから、どういう感想をいだき言葉に出してもかまわないという原則があるのかもしれませんが、本人の目に触れたり耳に入ったりするのが分かっていて発信するのはマナーだか礼儀だかの観点からどうなんだろうと思います。誰だって嫌じゃないですかね、交際や結婚について関係ない多くの他人からあれこれ言われて、しかもそれがいちいち自分の知るところとなるっていう状況は。

 

大ファンなら仕方ない

 

熱烈なファンが残念でならなくて否定的なことを書き込むのであればまだその心情は分かります。ですが、おそらくそれほどでもない人がこぞって本人のSNSに書き込んだり、番組で取り上げて言ったりしているのかなと。

 

大人数がいっせいにそういうことをしたり、大御所と言われる人が何人も言及したりすると本人たちは大変なストレスでしょう。何も悪いことはしていないし、せっかくの幸せな時期に水をぶっかけられたような気になったに違いありません。いちゃもんをつけるのなら本人の目に触れない、聞こえないところですればいいのにと思いました。

 

別れようが揉めようが自己責任

 

自分の気に入った人と結婚したり交際したりしているわけですから、結果がどうなろうと無関係な人の知ったことではないはずです。親が反対するのは分かります。ずっと育ててきたわけですし、今後長期にわたって密な関係になるのですから。しかし関係のない人たちからこうしたことを言われて不愉快にさせられるのはどうなのでしょうね。何か名称をつけるとすれば「マリッジ・ハラスメント」とか「ラブラブ・ハラスメント」とか・・・ネーミングセンスなしで申し訳ないですが。

 

人の不幸は蜜の味

 

ネットでは匿名性もあってか、本音が出やすいです。誰か不幸な人のニュースを見ればまだ自分の方がましだという思いからか安心して喜び、幸せをつかんだ人のニュースを見ればまるで自分の幸せがその人にもっていかれたかのような気持ちになっていちゃもんをつけたくなる。そういうことなのかなと感じます。周囲との比較によって相対的な自分の位置を気にするのが人のさがということなのでしょう。自分が同じことをやられると猛烈に嫌な気分になるはずなんですが、有名人だと遠慮なく叩いてみたりする。これが有名税というやつでしょうか。

 

因果が巡ることへの恐怖

 

話はそれますが、私は実にバチが当たりやすい人間です。自分がよろしくないことをやったり考えたりすると確実にそれに対する反動がきます。見ていると、他の人は別にそうでもないようなんですがねえ。どういうシステムになっているのか分かりませんけど私の場合はそういうことらしいです。

 

なので、もし私が人の幸せの足を引っ張り、人の不幸を笑ったりすれば、確実に自分も同じ目に合うんですね。幸せな時に誰も祝福してくれず足を引っ張られ、不幸な時に誰も手を差し伸べてくれず冷笑される。これはもう今までの人生から間違いないと確信しております。そういうのは勘弁してほしいという思いが染みついています。

 

本当に人間が出来ている人であれば何も考えず素直に祝福したり人助けしたりということになるんですが、私の場合は行動理念がいちいち因果応報への恐怖からです。人を苦しめれば自分も苦しめられる。ちょっとでも人にいいことをしておけばいつかその一部は自分に返ってくる。そういう損得勘定で生きていることを白状いたします。超絶偽善者と言えなくもないですが、何せ元が根性ひん曲がっておりますので仕方ありません。

 

おわりに

 

いかがだったでしょうか。正直申し上げると、有名な方の誰が誰と付き合おうが結婚しようが別にどうでもいいじゃないかというスタンスなので、なぜ大勢の関係ない人たちが熱心に絡んでいくのか、また本人がそういうのを気にして反応するのか不思議でした。有名な人は絡まれたくなければあまり幸せアピールをしないのが安全である、ということなのでしょうね。

 

一般の人の発信でも多くの目にさらされるようになれば炎上したりする可能性に注意しなければならない時代です。この記事は大丈夫ですかね。今のところ炎上するほど読まれていないので心配してはいませんが。ここまで読んでいただきありがとうございました。