明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

中庸こそ最強と思うものの

 

 

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こんにちは、M(エム)です。皆さんは「中庸」(ちゅうよう)という言葉をご存知でしょうか?「偏っていない、調和している、過不足がない、バランスが取れている、極端ではない」という意味だそうです。中国の古い本のタイトルでもあるというのは今調べて初めて知りました。良くも悪くもなく真ん中ぐらいといっただけではない、奥深い味わいがある言葉かと思います。

 

 

 

 

三国志の話

 

 

若い頃読んだ三国志の1シーンに下記のようなものがありました。

 

軍師「これからの策として、上中下と三つの選択肢がありますがどれになさいますか?」

主君「下(げ)は嫌じゃ。嫌と言ったら嫌なのじゃ。そもそも上中下と言われて下を選ぶ者がどこにおるこのたわけ者。せめて松竹梅にせい。それはともかく、上(じょう)は一見よさそうだが、どこか一ヶ所狂いが生ずれば失敗しかねない危険な策じゃな」

軍師「では、中の策をお選びになりますか」

主君「さよう。我がモットーは中庸である」

 

小説ですから作者の創作かもしれませんがそのような対話があり印象に残っています。結局その中策を選び、この主君は滞在先の領主をだましてその領地を強奪することに成功しましためでたしというお話でございました。

 

 

お釈迦さまの話

 

 

お釈迦さまは小さな国の王子でした。しかし、どうしても悟りを開きたくて奥さんと子供を置いて出家し、厳しい修行の道に入ります。あまりに過酷な生活を続けたため、たくましい若者だったお釈迦さまは数年で骨と皮の老人のようになっていました。

 

そんな時、偶然少女の歌声を耳にします。

「弦楽器の弦は、強く締めれば切れてしまう。弱く締めると音が悪い。中ほどに締めると音色が良い」

 

この歌を聴いて目からうろこが落ちたお釈迦さまなのでした。このときの少女は後に日本で有名になり、コーヒーや紅茶に入れられたりします。その名をスジャータと言いました。彼女が「牛乳いかがですか?」と勧めてお釈迦さまがそれを飲んだせいで、一緒に修行していた親しい仲間たちが「こんな意志の弱いのとはやっとれん」としばらくのあいだ喧嘩別れになったという話です。

 

ということで、豪華絢爛贅沢な王宮でも、命を懸けた激しい修行でも悟ることができなかったお釈迦さまですが、中庸を旨とすることで執着を断ち、悟りを開くことができたそうでございます。

 

 

偏ることの不利

 

 

例えば性格面で楽観的な人と悲観的な人がいますが、これもどちらか一方に偏るとよくないです。楽観の方が強すぎると、明るく元気でストレスは少ないのですが、自分を省みて改めることがなく、計画性のない怠惰な生活になる恐れがあります。失敗をしても気にしないので、他人に迷惑をかけて嫌われたり呆れられたりすることも。悲観の方が強すぎると、たいしたことでもないのにひどく気にしたり、うまくいきそうな時にチャンスを逃したり、自分に自信がなさすぎて実力を発揮できないことが多いです。

 

何か一つのことだけに心がとらわれて、そのことしか考えていなければ他にひずみが来てしまいます。仕事のことしか頭になければ、家庭とか健康とか、ひいては自分自身の幸せといったものに悪影響を及ぼす恐れもあります。仕事ばかり、遊びばかり、勉強ばかり、スポーツばかり、そうした生き方ももちろん人によってはある時期余儀なくさせられる場合もあるとは思いますが、基本的にはある程度いろいろな面のバランスを取る方が無理なく災禍少なく生きていけると思っています。

 

 

本人は分からない 

 

 

私は非常にバランスが悪い性格だと自覚しています。「ほどほど」とか「適度」ということがなかなかできない性格です。一つのことが気になると四六時中そのことが気になったりしますね。若いころは自分のそうした傾向に無自覚でありますから、直そうという気も皆無です。周囲がさりげなくほのめかしたり、婉曲な言い回しで指摘しても気づくことはありませんでした。しかし長い年月がたって、ようやく自分の偏りに少しずつ気がつき始めたということになります。

 

 

まわりの反応で微調整

 

 

自分の状態があまり自分で把握できないときもありますから、そういうときは周囲のアドバイスを聞き入れることが多いです。「そういうんならまあ一回そうしてみようか」となります。「自分の方が絶対正しい。このやり方でいく」とはなかなかなりません。なぜなら、これまで自己流に固執して失敗したり、あるいはもっといいやり方を逃してしまったことが多々あるからです。ただし、他人もピントのずれたことを言うこともありますから、何でもかんでも人の意見に従うというのもまたまずいです。これも中庸ですね。

 

 

世論にも価値はある

 

 

ネットの書き込みは匿名の気楽さがあるせいか、人の本音がストレートに見えやすいです。嫉妬や反感、過度の擁護といった感情的なものを除いて大まかな意見を総合すると、賛否分かれることもありますがけっこうバランスの取れた見方になることが多いかなと思っています。人って自分の利害が全く絡まない事柄に関してはかなり客観的に順当な見方ができるのかもしれません。そうした世論も踏まえながら、自分の考え方も中庸に近づけたいと思っています。

 

 

陰陽もバランスよく

 

 

陰には陰、陽には陽のいいところ、悪いところがあります。一般には陰の方が悪いイメージがあるかと思いますが、どちらも必要であるし陽も過ぎるとまたよくないのですね。食事や体質にも陽性の強いもの、陰性の強いものがあり、バランスを崩すと病気につながっていくそうです。また現代でも通用する概念なのか分かりませんが、古くは男性が陽、女性が陰という位置づけであったとのことで、陰陽の調和が世の中でも個人の身体でも重要ということかと思います。

 

  

おわりに

 

 

いかがだったでしょうか。現実としては、生まれつき特に努力はしなくても自然とバランスが取れて生きていく人と、どういうわけかバランスを崩してしまうので自分で何とかしないとその極端さで災いを招いてしまう人がいます。私は後者なので、よくそうした点を心得て常々真ん中の方に寄せていかなくてはいけないなと思っています。ここまで読んでいただきありがとうございました。