人生詰み状態から悪あがきするブログ

中年ニートから個別塾バイト講師になるも既にいっぱいいっぱい。

具合悪い時に感謝なんて出ん

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 おはようございます、人生詰みぞうです。皆さんはよく誰かに感謝したりするタイプでしょうか。私は実際、本当に人に感謝なんぞしたことのなかった人間でありまして、いや申し訳ない私が出会ったいろいろな人たち!もうね、そういうところが病を招き寄せてしまったのかもしれませんね。現在は大いに反省して更生しております、一応。

 

ありがとう 感謝しよう

微笑んでくれて どうもありがとう

プレゼントくれて どうもありがとう

楽しんでくれて どうもありがとう

手を振ってくれて いつもありがとう

気づかってくれて 本当にありがとう

つながってくれて 毎度ありがとう

(歌:井上陽水奥田民生 作詞:井上陽水奥田民生 作曲:井上陽水奥田民生)

 

目次

 

感謝の「か」の字も出なかった頃

 

「感謝」をテーマにした楽曲ってけっこうあるんですね。しかし私なんかは体調悪い時に上のような歌を聴いて「なんじゃあこの偽善的な歌はぁ!」とか思っておったわけですよ。当時ですけどね。「CD買ってくれてありがとう」「僕らを売れっ子にしてくれてありがとう」じゃあないのか?とかね。ひねくれすぎなのかやさぐれすぎなのか、心のどこをひっくり返しても感謝の念など出そうにありませんでした。

 

頭では理解していた

 

そりゃ誰でもね、他人に何かして「誰がそんなことしてくれって頼んだ」という人よりは、「ありがとうございます、本当に助かります」という人の方が好きでしょう。前者の方は自分から人を遠ざけるようなものです。私も何とかして感謝の念をもてないかと四苦八苦してはみましたがダメでした。頭で「感謝せねばならない」と思っても感謝の思いなど出ません。「うれしい」「楽しい」だって、「うれしいと思わねばならぬ」「楽しいと感じなきゃダメだ」って頭で考えて出せる感情じゃないですがそれと同じです。

 

ギブアップ

 

そんなわけで、体が苦しい時にはもう無理して感謝の念など出すことはあきらめていました。何冊も本を読んで、「引き寄せの法則」とか「思考は現実化する」とか その手のタイトルのものにも手を出して何とかこの流れから抜け出たいと必死でしたが、全て失敗に終わりとうとう「もういいや」とほったらかしにしてしまいました。

 

そして死にたいと思っても死ねないので

ーそのうちカーズは考えるのをやめた。

(荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」)

 

そして現在 

 

それから信じられないほどの長い年月がたって、その頃の「ああこのまま死ぬのならいいが廃人コースなのでは」と恐れて家で寝込んでいた頃に比べると、勝手に感謝の念がどこからかは分からないけれど湧いてきます。たぶん、砂漠で死にかけの時に水を一杯恵んでもらったらそれだけで誰でも感謝の念が湧くのではないでしょうか。今、まだ普通の人レベルからみたらまだまだ憐れむべき状態であるには間違いないのですが、外に出られる、人と話せる、少しとはいえ仕事もできる、食べられるものも増えた、みたいなささいなことで感謝が出るのでバカかオレはそんなことで喜んで、とも思うのですが、まあいいや・・・廃人にならなかったしあの地獄の日々を抜けて残り少しの人生で一息つける時間を得たのだから、という心境です。

 

おわりに

 

苦しい時には「何が感謝じゃコラー!」みたいだった人間がちょっと助かったら「ありがとう、感謝って大事だね」みたいな、それこそ現金で偽善的な記事になってしまいました。また深淵に突き落とされたらまたたぶん「感謝なんぞクソくらえ」になる気がしますが。つらい時には結局のところどうしたらよいのでしょう。よく分からないままです。無理して頑張ったり自分を責めたりしてもそこから脱することにはならなかったとは思っていますが・・・。今後ふたたびドツボに逆戻りすることのないよう、少しでも注意はしていきたいと思っております。ここまで読んでいただきありがとうございました。