明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

これまでの経緯15

加齢とともに、明らかに体力は衰えていきました。もちろん元から弱かったのにさらに輪をかけて。週1,2回は何とか行けていた家庭教師の仕事ももう出来そうにない状態でした。

 

 

家の中を掃除機かけるだけで息切れし、外をほんの少し歩いただけで後頭部が痛くなりました。足が鉛のように重くなり、ふくらはぎや足首の筋肉が落ちて気分は90歳ぐらいになっていました。

 

 

今風の言葉でいえば「マジやべぇ」。いや「マジ卍」か。知らんけど。危機感は強いのですが対処の方法がありません。薬でどうにかなるものではなく、根本的な生命力が弱すぎるのです。はっきり覚えていますが、ある年の正月などは3が日まるまる、布団から半身を起こして、ただテレビとネットを見ていただけでした。はよ正月終われ。ひたすら念じて3が日終了です。こんな状態でも完全に正気そのもので、むしろ発狂した方が楽になれるんかいなとか思ったりしていました。

 

 

ゆっくりと死の世界に向かいつつあることを自覚していましたが、転機が訪れます。小便の色がおかしいことに気づいたのです。透明なプラスチックのコップにとってみると、完全に濁っていました。数日様子をみても治りません。「腎臓でもやられたか」最初にそう思いました。

 

 

親との話し合いが始まります。当然、親は「病院へ行け」。しかし私は、「しょせん病院に行っても多少延命するだけでとうていこの先見込みはない。どうせなら家で死にたい」と主張しました。しかし、「病気を放置して子供を死なせたら親の私らが法的責任を問われる」「そんなに簡単に死ねるもんじゃない」と言われ、「『本人の意志で治療を拒否します』、という一筆を書いてもあかんの?」と訊きましたが「そんなの通用せん」との答え。しばらく思案の末、結局私の方が折れて病院に行くことにしました。

 

 

「いよいよやなあ。人工透析とかになるのかもしれん。親よりは長生きして最後看取りたいと思ったけどこれも運命やから仕方ない。痛いの本当に苦手なんやけどなあ」ととりあえずの心の準備をして、「ネット銀行に預けてるお金とか全部引き出しとかないと訳分からんことになるよな。遺品は全部処分でいいし、遺体は直葬で海か山に撒いてもらって・・・」などと考えます。ただ、

 

 

「いざ死ぬとなったらやっぱりこえーな」

 

 

と自分の中の何かが呟きました。