明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

これまでの経緯11

こうしてYの結婚は破談になり、同時に学生時代からの交際相手も失いました。ただ自分にも結婚生活は無理だと分かっていたらしく、たまの派遣バイトをしながら表面上は落ち着きを取り戻したかに見えました。本人も親も間違いなく大ダメージを受けましたが、結婚していたら毎日実家に泣きながら電話してくるのが確実だったので、寸前で食い止めたという安堵はあったのです。

 

しかし、Yの心の病は思った以上の速度で深く進行していきます。有り余る時間を自分の「発達障害」の研究に費やし、ネットや書籍で一日中調べていることもありました。そしてYの出した結論は、「親の育て方が悪い」でした。ここからYの、母親に対する本格的な攻撃が始まります。

 

「小さい頃、誕生会をしてくれなかった」「好きでもない服を着せられた」「行きたくない大学に無理矢理行かされた」「お茶やお花を習わせてくれなかった」など、挙げ句の果てには「虐待である」「育児放棄、ネグレクトである」など、とんでもなく激しい言葉を母にぶつけるようになりました。客観的に見て親はきょうだいを公平に扱っていたし、普通に育て3人とも大学まで出してくれました。子供のわがままをすべてきく親などあろうはずがありません。

 

もっぱら狂乱状態になったYをなだめるのは母であり、相手をしなかったり少しでも気に入らぬ答えをすると物を投げたり泣きわめいたりするので、疲労困憊しながらも必死でYの機嫌をおさめる日々が続きました。しかし、一日中そんな話を聞かされることが頻発し、母も昼間もぐったりして寝込む日が多くなっていきました。

 

生き地獄とはこのことか。

 

当時、私はこれって現実なのだろうか。こんな家庭が他にあるだろうか。人生ってこんなに恐ろしいものなのか。と戦慄を禁じ得ませんでした。ちっとも体が治らない自分、みるみる様子のおかしくなっていくY、その相手をしてだんだん弱っていく母。そしてその頃、自立して一人暮らししていたもう1人のきょうだいも心身の不調でしばらく病院通いから休職といったこともありました。唯一元気な父親はあまり話に絡まないというか、状況が分かってないというか、あてにならない感じですがむしろそれはよかったかもしれません。