明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

これまでの経緯10

結婚の話がどんどん進む中、Yはだんだんドナドナの荷馬車に乗せられて連れていかれる子牛といった様相を呈してきました。「マリッジブルー」という言葉がありますがそんなもんじゃなく、これがこれから結婚する人間か?というぐらい暗く悩んでいました。

 

実際家族も、「これはどう考えても無理なのでは…。」という危惧をおぼえていました。発達障害なのかはっきりしなかったものの、二度の就職でまったく適応できず実質すぐ辞めたという過去があり、結婚して他人の家でやっていけるのかというのは極めて怪しかったからです。悩み出すとたいてい一日中家で臥せっており、家事などを手際よくこなせるタイプではありません。また、相手側はパートなどでYに働いてもらうことを期待している口ぶりでした。

 

やっていけそうなのかどうなのか。辞めるんなら早く決めた方がいい。何度も家族を交えて話し合いました。最も恐れていたことは、子供が出来てしまうことでした。この子に子育てが出来るとは思えない。生まれる子供も不幸だし、育てるための経済面も考えたら不安しかありません。

 

Yの不安も相手と相談すれば説得されてしまい、結婚の延期といった選択肢もだんだん難しい状況になっていきました。この頃Yには判断力も決断力もなく、ただ家では青い顔をして寝ていることが多くなっていたように思います。ずっと迷い続け、最終的にどういう形で結論を出したのかはっきりとは覚えていないのですが、結納を済ませてはいたものの結婚してしまってから、あるいは子供が出来てしまってから別れるよりはましだろうと最後の最後で破談にしたのです。このとき、両親が相手の家に出向き、慰謝料を包んで謝罪をしたのでした。

 

これらの過程をそばでずっと見ながら、私個人はいらだちと失望を禁じえませんでした。もともとYは幼少からどちらかといえば生意気で口数も多く、親や私相手でも気に入らなければ大喧嘩も辞さずに噛みついてくるといったタイプでまさかこんなに脆いとは想像していませんでした。しかし一見気が強く激しい気性も、内面の弱さを隠すものだったのかもしれません。寸前で結婚をやめ本人のみならず家族じゅうが大きなダメージを受けたのですが、もし結婚していたらもっとおおごとになっていたのは確実と思います。