明日は明日の風が吹く

某塾で個別指導講師やってます。日記とか考えたこととかを記事にしています。

これまでの経緯4

さて、大学を1年休学したものの一向に病状は良くならず、心が折れかけていた若き日の詰みぞう君。地獄の大学時代となった上、将来も真っ暗です。何もかもどうでもよくなり、「中退したい」と親に訴えました。

 

このとき、母はもうそれでも仕方ないと考えたらしいんですが、父が断固「何年かかってもいいから卒業しろ」と言って譲りませんでした。そしてこのことに、のちのち詰みぞうは深く感謝することになります。ここでもし中退していたら、それからの長きにわたる苦しい期間を持ちこたえられなかったかもしれません。

 

とはいえ、まだまだ単位も取れていないし理系なので卒論もあります。もうどうすんねんこれと、思考能力の失われた頭でぼんやり考えていました。

 

その後、大学で大きな温情を受けます。見るからに病人といった体で授業に出、休みがちで結局何ら卒業研究にも着手することが出来なかったのを、配属先の研究室の教授が、本当に全く中身がないのに体裁だけ整え卒論として提出させ卒業させてくれたのです。今思い返しても、これは大学のルール上ではあり得ないことであり、教授の責任においてルールを逸脱して情けをかけてくれたのだと思います。当時は自分の体調悪いことばかりにかまけてちゃんとお礼も出来ませんでしたが、時間がたつにつれ心に深く刻まれています。

 

あちこちに借りをつくって、そのおかげでまだこうしてかろうじて生きています。

 

 これから先、そんなに大きなことでなくても、すぐに忘れられても、誰かがピンチの時に多少でも役に立てたらこの「借りてばかりの生」に意味を見出だせるのかもしれません。